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東京高等裁判所 昭和46年(ネ)2524号 判決 1972年9月29日

控訴人 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 今村甲一

被控訴人 乙山太郎

右訴訟代理人弁護士 室田景幸

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人(原審原告)は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、金七五万円およびこれに対する昭和四五年三月三〇日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人(原審被告)は主文第一項と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴人が抗弁に対する答弁を後記のように補充したほか、原判決事実摘示第三ないし第八に記載されたとおりであるから、この記載を引用する。

控訴人は抗弁二の事実に対して、「控訴人はその両親と一人の子を扶養する立場にあり、その生活の経済的基礎を確立するためにバー勤めをはじめ、ついでその経営をまかされるようになったのであって、当時たまたま被控訴人との間に情交関係があったにしても、そのこととバーの経営ひいては本件消費貸借の締約とは無関係である。」と述べた。

立証≪省略≫

理由

被控訴人を債務者、控訴人を債権者とする昭和四二年六月二〇日付の金七五万円の借用証書が作成され、現に控訴人がこれを所持していることは争がない。

しかし、右当日実際に控訴人が被控訴人に右金員を貸渡した事実を認めるに足る証拠はなく、右証書作成の事情は次の如きものであったことが≪証拠省略≫によって認定される。すなわち、昭和三七年ごろ控訴人は夫と別居して保険外交員をしており、被控訴人は印刷会社を経営し家庭には妻もある者であったが、両人はある機会に知り合って情交を重ねるに至り、やがて被控訴人は、控訴人との将来の共同生活の資金を作るため控訴人と共同でバーを経営することを思い立ち、控訴人の賛成をえて昭和四一年七月ごろ被控訴人の知人丙本正夫から板橋区南常盤台にある店舗を借り、同所で同年八月中バー「花」を開店し、控訴人はいわゆるマダムとなって店を取りしきることとなった。被控訴人はこの店舗を借りた際、丙本に敷金一五〇万円を支払うことを約束しており、半金七五万円は同年中に支払を終ったが、残金の調達に難儀した末、翌四二年六月中被控訴人の知人丁川某から控訴人名義で三〇万円を借り、控訴人が別に自己の預金を払戻した一〇万円とあわせて現金四〇万円を作り、更に控訴人名義の約束手形一八通、額面合計四三万五千円(元金三五万円に金利を加算した金額)のものを作成し、同月二〇日被控訴人と控訴人同道の上丙本に会って、以上全部を同人に交付した。そして、当時被控訴人と控訴人の間では、右丁川への返済金、控訴人の立替にかかる一〇万円および右約束手形の支払金は、すべてバー「花」の営業利益金から支弁することを予定していたが、丙本を交えて雑談しているうち、万一営業が計画どおり行かなかったり、被控訴人が控訴人を見捨てるなどした場合、名義上の債務者たる控訴人のみが負債を残すこととなっては不都合であるから、その場合は被控訴人が右元金合計七五万円を支払うことを明らかにしておく方がよいということになり、その趣旨のもとに右同日被控訴人が上記借用証書を作成交付したものである。以上のとおり認められる。なお、双方本人尋問の結果によれば、右認定の借金、立替金、約束手形金は、バー「花」が廃業し、控訴人が被控訴人と別れた昭和四四年の年末までの間に、すべてバー営業の利益金から返済あるいは支払がされていることも認められる。

事実は右のとおりであって、右借用証書記載事項に符合する消費貸借はなく、また被控訴人が控訴人に七五万円の債務を負担することを確認したり、あるいは無条件でその支払を約束した事実もないのであるから、右借用証書の授受は両者通謀による虚偽の意思表示であり、なんらの効力も生ずるものではない。(かりに停止条件付債務負担の意思表示とみられるとしても、条件の成就がないこと前叙の事実から明瞭である。)

そうすると控訴人の本訴請求原因は事実の証明を欠くことになるから、その請求は失当であり、これを棄却した原判決の結論は相当で、本件控訴は理由がない。よって民事訴訟法三八四条、八九条にしたがい、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 近藤完爾 裁判官 田嶋重徳 吉江清景)

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